臨床研究部
臨床研究部のご案内
臨床研究部長 饗場 郁子
当院の臨床研究部は、平成15年10月1日に開設されました。現在は「診断・治療研究室」、「微生物・免疫研究室」、「病態・生理研究室」、「疫学・医療情報研究室」および「治験管理室」の5室で運用しております。
当院の臨床研究部が目指すものは、国立病院機構のスローガンである「臨床研究を通じた情報発信などわが国の医療向上への貢献」を根底に据え、日常臨床の疑問や問題に対して研究という形で答えを出し、その結果を患者さんや臨床の現場に還元することです。すなわち研究することは診療の質を向上することにつながっています。また、従来研究というと医師のみで行うことが多かったのですが、医療現場ではコメディカルスタッフとのチーム医療が欠かせません。そのような視点から当院では医師以外の研究、多職種協働で行う研究を大切にしています。
現在多くの研究が並行して行われていますが、その中からいくつかの研究をご紹介いたします。
診断・治療研究室
室長 小川 賢二
カビの一種で肺感染を起こしやすいアスペルギルス属は、ヒトに感染すると肺を破壊する病変を作ります。アスペルギルス属が産生するエラスターゼはこのような肺組織を障害する原因のひとつと考えられていますが、我々のグループはこのエラスターゼを阻害し、肺の破壊を防ぐ薬の開発を目指し研究を継続しています。その結果、近年発見したエラスターゼ阻害物質の人工合成に成功し、この合成薬物の正常人の肺胞や気管支、肺の血管の細胞における効果を検討した結果、アスペルギルス属が産生するエラスターゼによる組織障害を軽減することを証明できました。詳細は海外の学術論文に掲載され、肺アスペルギルス症に対する新たな治療法の開発に寄与できたと考えています。今後はヒト応用に向けての研究をさらに継続してゆく予定です。
また、肺非結核性抗酸菌症は近年の患者数急増と共に死亡者数が激増しています。さらに死後の解剖により死因が確定された方の死亡統計を見ても、1980年には30名でしたが、平成26年度には1300名を超えています。また同年に施行された厚労科研における非結核性抗酸菌症の調査では、全国罹患率が人口10万人あたり14.7人であることがわかりました。これは菌が証明された肺結核患者さんよりもはるかに多く、難治性であるこの病気の急激な増加についてマスコミも取り上げる機会が増加し、社会に警鐘を鳴らしている状況にあります。この病気は残念ながら未だ決めてとなる治療法が確立されていないため、標準治療薬に加え新薬の登場が待ち望まれています。リポソーマルアミカシンという薬は吸入治療薬として国際治験がおこなわれ、当院も日本で選抜された治験参加施設として治験に参加しました。この結果米国では治療薬として認可され、我が国においても近い将来難治性の肺非結核性抗酸菌症治療に使用することが可能になると考えています。これとは別に、当研究室ではこの病気に対する長年の取り組みの中で、一部の菌が有するプラスミドを発見し、そこに含まれる病原遺伝子の解析をおこないその成果を海外誌に発表しました。この中で、プラスミドに含まれるある特定領域の働きを制御すると菌の生体内での生存を阻止できると考え、現在は他施設と共同でこの研究をおこなっています。
当研究室は今後も臨床での有用性を高める診断治療法の開発を目指して努力を続けてゆきます。
微生物・免疫研究室
室長 中川 拓
肺非結核性抗酸菌症は近年中高年女性を中心に増加している難治性の慢性肺感染症です。日本の肺非結核性抗酸菌症のうち90%はMAC(Mycobacterium avium complex、マック)と呼ばれる菌が感染しておこる肺MAC症です。非結核性抗酸菌症は結核と異なりヒトからヒトへの感染はおこしませんが、薬物治療の有効性が十分とはいえず、なお多くの課題が残されています。
この疾患と対峙していくためには、菌側の因子、宿主(ヒト)側の因子、環境因子などの基礎的な理解がまだまだ不十分です。本研究室では菌の遺伝子解析を行い、悪化しやすい菌の特徴や菌の病原因子の解明のための研究を行っています。
肺非結核性抗酸菌症の治療は効果が不十分ということも問題ですが、副作用が多いのも問題です。副作用の程度によっては治療薬を減らしたり中止したりすることが必要になります。できれば有効であると同時に患者さんの負担が最小限になる治療法が望まれています。海外では週に3日だけ薬をのむ間欠的治療という治療法が軽症の肺MAC症に対する標準治療として一般的に行われています。日本の標準治療は軽症であっても毎日薬をのむ連日治療であり、日本と海外で治療法が異なる状況になっています。
このような患者さんを間欠的治療のグループと連日治療のグループにランダムに振り分けて安全性と有効性を比較する多施設共同の臨床研究(いわゆるランダム化比較試験)を当研究室において計画しました。これは国立病院機構ネットワーク共同研究として認められ、当院を含む19の病院が参加して2019年4月から開始されています。
このように基礎・臨床の両面から肺非結核性抗酸菌症の研究に取り組んでいます。
病態・生理研究室
室長 饗場 郁子
病態・生理研究室では、主に2つのテーマに取り組んでいます。
一つは進行性核上性麻痺(Progressive supranuclear palsy:PSP)というパーキンソン病と似た症状を呈する病気の症状や経過、治療などについて研究を行っています。PSPは国が指定する難病で、パーキンソン病と比べ進行が速く、根治療法はまだ見つかっておりません。目の動きが悪くなり、初期からバランスが悪く転びやすくなり、認知障害も合併します。脳の中で異常なたんぱく質(タウ蛋白と呼びます)が特徴的な形で蓄積することがわかり、亡くなられた後に脳を調べることで確定診断されます。平成20年度から饗場が「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班の班員として、PSPおよび同じタウ蛋白が蓄積する病気である大脳皮質基底核変性症という病気についての研究を担当してまいりました。これらの病気は症状がお互いによく似ており、生前の診断が難しいのですが、治療のためにはできるだけ早期に正しく診断することが必要です。そのために血液や脳脊髄液、あるいはMRIなどの画像について診断に役立つ所見を研究するプロジェクト(進行性核上性麻痺と関連タウオパチーの患者レジストリと試料レポジトリを活用した診療エビデンスの構築:AMED研究)にも所属し、ALL JAPANで研究を進めています。最近では、抗タウ抗体による2つの国際治験に参加し、岐阜大学との共同研究で医師主導臨床試験(下記をご参照ください)も行っています。
もう一つの大きなテーマは転倒予防の研究です。PSPは診断基準に「転倒」が含まれるほど転倒が多く、転倒しやすい横綱とも言える病気ですが、PSP以外の神経疾患患者さんにおいても病棟や自宅で転倒や外傷が多く、大きな問題でした。しかしほとんどデータがなかったため、多施設共同で転倒の特徴や予防方法を明らかにし、患者さん・介護者向けの転倒予防マニュアルを作成しました(https://higashinagoya.hosp.go.jp/files/000072502.pdf)。最近では国立病院機構が主導するEBM推進のための大規模臨床研究のひとつ「医療・介護を要する在宅患者の転倒に関する多施設共同研究(J-FALLS)」の研究責任者を務め、患者さん向けに重篤なケガを負った転倒の特徴と対策をまとめた転倒事例集を公開しています(https://higashinagoya.hosp.go.jp/wp-content/uploads/2014/07/J-FALLSVer.2.pdf)。転倒の要因は多岐にわたるため、転倒予防は多職種で取り組む必要があり、現在では理学療法士、作業療法士、薬剤師、管理栄養士などとともに共同研究を行っています。詳しくは「チーム1010-4(てんとうぼうし)の部屋」をご参照ください。
疫学・医療情報研究室
室長 齋藤 由扶子
スモン(SMON: subacute myelo-optico-neuropathy)は、1970年までに多発した整腸剤キノホルムのよる薬害です。キノホルムが禁止されてから、新たな発症者はおりません。しかし、約50年が経過しても、今なお多くの患者さんにおいて四肢の感覚運動障害・視力障害等の後遺症が残存し、さらに加齢に伴う老年症候群、合併症が加わってきています。薬害被害者のスモン患者さんに対する国の恒久対策として、「スモンに関する調査研究班」(研究代表者:国立病院機構鈴鹿病院 久留聡)が設置されています。全国に班員が複数名配置され、毎年各地でスモン検診が行われています。当院ではH14年から19年にかけて、当時の松岡幸彦院長がスモン班の研究代表者を務めました。そのとき以来、班活動に参加しております。H20年からは、齋藤由扶子が班員となり、研究に取り組んでおります。最近は、主に認知症や軽度認知障害について、検診によって縦断的な調査を継続しています。高齢化した障害者の様々な問題点を明らかにすることは、超高齢社会の日本にとって重要なことと考えられます。
治験管理室
室長 饗場 郁子
治験管理室では、CRC業務に従事する非常勤2名(うち看護師1名)と兼任で事務局業務に従事する副薬剤部長1名の体制で、治験業務に加え、治験を実施する診療科の臨床研究を一部支援する業務を行っています。治験については、当院の診療において力を入れている進行性核上性麻痺などの神経変性疾患や慢性呼吸器疾患、脳血管障害等の治験を受託しているほか、製造販売後調査等も行っています。また医師主導臨床試験も行っています。
進行性核上性麻痺(しんこうせいかくじょうせいまひ)を対象とした医師主導臨床試験のご紹介
2019年11月から、当院では、進行性核上性麻痺の方を対象に臨床試験(試験)を実施しています。試験の内容は、進行性核上性麻痺のすくみ症状に対して、効果があるかどうかを調べるために、試験薬を一定期間内服し、効果を観察するものです。
詳細はこちらのPDFを御覧ください。
臨床研究部の業績(学会賞他)
学会賞
- 平成17年度 国立医療学会総会 塩田賞
村井敦子:「進行性核上麻痺における転倒・転落防止の為の介護のポイント」 - 平成18年度 日本結核病学会研究奨励賞
森山 誠:「臨床由来Mycobacterium avium におけるVariable Numbers of Tandem Repeats 型別解析法の有用性の検討」 - 平成19年度 日本結核病学会研究奨励賞
滝 久司:「肺Mycobacterium avium complex 症の治療に用いるrifanpicinとclarithromycinが示す薬物相互作用の検討」 - 平成21年日本細菌学会総会優秀ポスター賞
市川和哉:「Mycobacterium intracellulare におけるMulti Locus VNTR Analysisの開発とその有用性の検討について」 - 平成21年日本医真菌学会優秀論文賞
Kenji Ogawa:「Biological properties of elastase inhibitor, AFLEI from Aspergillus flavus」 - 平成21年度 日本結核病学会 今村賞
小川賢二 :「MACの遺伝子研究」 - 平成22年度 日本結核病学会研究奨励賞
稲垣孝行:「Line Probe Assay によるRifampicin耐性遺伝子検査の有用性-患者喀痰を供試しての検討-」 - 平成23年度 日本結核病学会研究奨励賞
山本吉章:「抗結核薬の副作用発生と危険因子に関する後ろ向きコホート研究」 - 平成23年度 日本転倒予防医学研究会 2011転倒予防大賞 実践部門大賞
国立病院機構東名古屋病院チーム1010-4:
自作川柳による転倒予防啓発活動の効果(1)転倒発生率の変化
自作川柳による転倒予防啓発活動の効果(2)転倒予防川柳アンケート調査 - 平成23年度 QC活動奨励表彰 東海北陸ブロック 特別優秀賞
国立病院機構東名古屋病院 チーム1010-4:自作川柳による転倒予防啓発活動 ~川柳で転倒予防に取り組もう!~ - 平成24年度 日本結核病学会研究奨励賞
黒河和宏:「Mycobacterium avium の新規Variable Number Tandem Repeat領域の有用性の検討」 - 平成25年度 日本転倒予防医学研究会 2013転倒予防大賞 学術部門大賞
J-FALLS研究グループ:要介護者における転倒による重篤な有害事象発生率および関連要因の検討-.医療・介護を要する在宅患者の転倒に関する多施設共同前向き研究~J-FALLS~ - 平成25年度 真菌症フォーラム第15回学術集会奨励賞
林 悠太:「慢性肺アスペルギルス症の診断・治療チェックリストの臨床的検討」 - 平成27年度 第69回国立病院総合医学会 ベストポスター賞
橋本里奈:筋萎縮性側索硬化症におけるモルヒネの有用性の検討 - 平成28年度 日本転倒予防学会 優秀論文賞JSFP BEST PAPER AWARD 2015
饗場郁子:
要介護者における転倒による重篤な外傷の発生頻度および特徴~医療・介護を要する在宅患者の転倒に関する多施設共同前向き研究(J-FALLS)~
Incidence and Characteristics of Fall-related Serious Injuries in Patients under Long-term Care Insurance ~ Japanese Prospective Fall Study in Elderly Patients under Home Nursing Care (J-FALLS) ~ - 平成28年度 日本神経治療学会 第34回総会会長賞 医師口演優秀賞
饗場郁子:リチャードソン症候群の背景疾患および進行性核上性麻痺を予測する所見の検討 - 平成29年度 CurePSP International Research Symposium ‘Carol J. Major Legacy Poster Award, Honorable Mention. ’
Ikuko Aiba: Clinical Features and Natural History of Pathologically Confirmed Corticobasal Degeneration –Japanese Validation Study of CBD (J-VAC Study) - 平成29年度 第71回国立病院総合医学会 ベストポスター賞
横川ゆき:回復期リハビリテーション病棟からリハビリテーション途中で転院、転出、死亡退院した脳卒中患者の検討 - 平成30年度 日本転倒予防学会 若手研究奨励賞JSFP YOUNG RESEARCHER’S AWARD 2018
山本悠太:転倒による骨折後患者における回復期リハビリテーション病棟入棟時の栄養状態が日常生活動作能力及び自宅復帰率に及ぼす影響:後ろ向きケース・コントロール研究 - 令和元年度 第73回国立病院総合医学会 ベスト口演賞
大見幸子:
『マイボイス』導入が生きることへと繋がった30代ALS患者
創薬研究
糸状真菌アスペルギルス属から分離同定したエラスターゼ阻害物質が、アスペルギルス感染症治療のみならず、死亡率50%以上の急性肺障害(ARDS、急性間質性肺炎、慢性間質性肺炎急性増悪)に対し有効であることを見出した。現在当院臨床研究部を中心に、名古屋大学・名古屋市立大学・名城大学と共同で臨床使用薬剤としての開発を進めている。
小川賢二:「肺アスペルギルス症克服への新しい試み」
医療 63(11) 695-701 2009
EBM研究
2009年度の国立病院機構本部主導EBM研究のプロトコールが本採用された。
医療・介護を要する在宅患者の転倒に関する多施設共同前向き研究(J-FALLS)
主任研究者 饗場郁子
これからも患者さまのお役に立てる研究を目指し頑張ってゆく所存ですので、どうぞよろしくお願い申し上げます。